羊をめぐる音楽会
04
昨日、今日と、北川さんのお宅でマリンバ・アンサンブルの練習でした。

普段は軽いバチをもって木琴を弾いているので、たまにたっぷり毛糸を巻いたマリンバのバチを4本持つと、重い!
つづきを読む
04
昨日、今日と、北川さんのお宅でマリンバ・アンサンブルの練習でした。

普段は軽いバチをもって木琴を弾いているので、たまにたっぷり毛糸を巻いたマリンバのバチを4本持つと、重い!
つづきを読む
24
あと1週間で、8月も終わりです。
21日、東寺の弘法さんに行きました。赤膚焼、いかのお皿。

8月21日は、亡父の誕生日。父は、21日「弘法さんの日」に生まれたので「弘」、でした。
うちは、浄土真宗なので、東寺さんとはご縁がないのですが、それでも「弘」ですから、なにかと守っていただいていたのだろう、と感謝の気持ちを込めてお大師さま、ご本尊に手を合わせてきました。
つづきを読む
02
京都駅近くに移転した、京都市立芸術大学構内のギャラリーにて、平野愛さんの写真展「moving days in KCUA」が、開催されています。
6月末からの開催で、早々にうかがいたかったのですが、バタバタしていて今になりました。会期は4日まで。京都芸大沓掛キャンパスから新キャンパスへのお引っ越しを撮った写真展です。
一昨日、自転車でぴゅーと出かけたところ、入り口で平野さんに遭遇。ぱちっと一枚撮って送ってくださいました。なんだか、とっても嬉しそうなワタシです。平野さんと出会ってもう20年になるでしょうか。お腹にいる頃を知っている息子さんが、すっかり立派な少年になっていてびっくり。時の経つのは早いです!

つづきを読む
22
大学構内をミニ台車に乗せて、木琴移動!

等々、スマホをみると、まだ紹介できていない衝撃的(笑)な写真がいろいろあるのですが…..
無事全行程を終え、日本に戻っています。
以下、終盤の振り返りなど。
最終日、フィラデルフィアでのコンサートは、フィラデルフィア郊外にある音楽教室のホールで開催されました。
壁には、オスカー・シュレンマーのポスター。

弦楽器を習っている子ども達が、楽器を覚えるのに塗り絵した絵など。

センスよく整った空間でした。
つづきを読む
15
昨日、フィラデルフィアにやってきて、街をぶらぶら。

歴史のある街は楽しいですね。
ビーガンのためのマンゴのソルベなんていうものがあるところに「都会」を感じました。

つづきを読む
14
6日から7日間開催されたKutztown大学のSummer Music Festivalが無事に終わりました。
私の何倍も?!大きいCraigですが、とても素直で熱心で可愛らしい大学院生でした。バッハの無伴奏チェロ組曲第1番、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の第2楽章など。決して器用なタイプではありませんが、一所懸命に取り組み姿は美しく、本当に素晴らしいと思いました。

つづきを読む
09
フィラデルフィア観光の話はまた書くとして、5日、クッツタウン大学のドミトリーにチェックイン。6日、オリエンテーションに続いて早速レッスン。
9時から、50分刻みで学生さんらのレッスンとコンサートの準備やレクチャー、コンサートなど、夜9時頃まで続くので、食事は、たいてい大学内のカフェテリア。

朝から、こんな賑やかなメニューがならぶカフェテリアで、なんとかやっています。
つづきを読む
04
突然ですが、アメリカに来ています!

ペンシルヴェニア州のクッツタウン大学で開催されるサマー・ミュージック・フェスティバルのゲストFacultyとしてよんでいただきました。
今日は、飛行機の乗り継ぎに時間があったので、サンフランシスコ空港を抜け出して、ゴールデンゲートブリッジへ。いいお天気で最高でした。

私の木琴と同じ頃、1930年代に作られた橋で、一度観てみたいと思っていたのでした。
つづきを読む
17
父の死去に際しましては、たくさんの方に、お悔やみをいただきありがとうございました。
あっという間に、二七日忌を迎えます。
こどもの頃から聞き慣れた「おたいや」という言葉ですが、恥ずかしながら漢字で「逮夜」と書くと、初めて知りました。子どもの頃からうちの家で行き交っていた色の名前「はとばむらさき」が、「鳩羽紫」だと知った時と同じくらい衝撃でした。まだまだ知らないことばかりです。
床の間には、父が好きだった観音さんのお軸を掛けています。

最近は、家族葬が主流になっていますが、形式を好んだ父なので(家族葬も一つの形式ですが)通常通り、皆さんにお参りしていただく通夜、葬儀を行いました。
つづきを読む
05
父が、本日6月5日午前2時、老衰で亡くなりました。90歳でした。
今年になって食欲が落ち、特にGW前頃からはほとんど食べられなくなりました。
体調不良について原因がよくわからず、何かできることはないかとこの一ヶ月ほどいろんな可能性を探りましたが、最後にはお医者さまがおっしゃる通り「老衰」と受け止め、点滴もせず、自然に任せることにしました。
最後は、私と姉の手を握って静かに息を引き取りました。
少し前の時間には、父と母が手を取り合い、ゆっくりお別れができました。

つづきを読む